大きさ的には、立派に出てきたくりまるさんも、やはり身体的発達(例えば、おっぱいを飲む力)は1ヶ月遅れ。
お世話に来てくれる予定の母の到着は1ヶ月後。
仕事の引き渡しのミーティングにも間に合わず。
いろんな準備不足と計画はずれが、合わさって、最初は大変でした。
退院間際に黄疸と診断されたくりまるさんは、光治療のブランケットを7日間も装着し、1−2日おきに病院へ連れて行かれては、採血される可哀想な日々でした。
元々おっぱいを飲む力が弱い上に、黄疸のせいで眠気がひどく、無理矢理くりまるさんを起こしながら、授乳しなければいけませんでした。
退院する頃には、おっぱいもまだ出ていなかったので、授乳自体も手探り状態。くりまるさんの減った体重が、なかなか戻らないのに、どうしていいのか分からず、プレッシャーでした。
破水以来、1時間以上の睡眠を長いこと取れませんでした。
寝不足とホルモンで、最初の2週間は毎日、何かしらの理由で泣いていた気がします、私。
足りないものを買いに走り回り、家のことを仕切ってくれたクリス。
食事を持って、訪ねてくれた友人達。
急遽来てくれたクリスの両親。
みんなに支えられて、なんとか乗り越えられました。
2週間経った今も、日々変わっていく、くりまるさんのペースになんとか答えていくのに精一杯。
この何よりも大切な命の成長が、私の手に委ねられているのだと思うと、責任の重さに身が引き締まると共に、気が遠くなる思いです。
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